このブログを始めたきっかけ ~ちょっとした私の人生回顧~ その2

その1https://sense-of-wonder.net/ikikata-hakusho/2019/02/19/post-26/

就職してから数年間

英語を勉強したくない一心で就職した会社ですが、幸運なことにとても良い会社でした。どこがどう良いかと言えば「ホワイト企業」だったのです。時間外手当の支給や年次有給休暇はもとより、その他の特別休暇や福利厚生が充実していて、休暇を取得しなければ上長から叱られるほどの真っ白けっけなホワイトです。私個人の年間休日日数でいえば、最低でも年間120日は休んでいたように思います。

法律的には建設業に分類される会社で、工事現場で働く人が大多数でしたが、私は事務職だったので基本的には快適な屋内での仕事でした。現場の人に後ろめたさを覚えつつも、職場の人と良好な関係を築けていたと評価してます。

最初に配属になった事業所に約2年半務めたのち、本社の経理部門に異動しました。正直、経理のことはよく理解できていませんでしたが、誤魔化しながら仕事をこなすことができました。いろいろなことはありましたが、愚痴りながら何となくやっていました。経理部門には1年半ほど所属していた気がします。

そして、次に異動した職場で人生の転機となる出来事に遭遇します。

鬱になる

本社の経理部門から異動した職場は、かなり高度な経理知識の要求される職場でした。簡単に説明すると、グループ会社全体の経理部門を一元管理する仕事です。各グループ会社の会計伝票のチェックから確定申告書の作成まで手掛けるという、何ともスリリングな仕事でした。

経緯の詳細は語りませんが、この職場に異動してから2年後、鬱になりました。鬱になる半年前から予兆はあったのですが、見て見ぬふりをしていました。自分が鬱だということを受け入れたくなかったのです。

今まで簡単にこなしていた仕事がてんで出来なくなる、他の人が何を言っているのかわからない、本や書類を読んでも内容を理解できない、考えごとさえロクにできない、そのくせ死ぬことだけは明確に想像できる、もう限界でした。私は上司に不調を報告して精神科を受診、投薬治療を始めました。そして急遽、配置転換をしていただきました。

鬱は繰り返す。そして人生について考える。

配置転換の措置を講じていただいてから、あれよあれよと体調は回復しました。しかし、再度体調は急降下、終了したはずの投薬を再開してしまいました。職場の環境が変わっても鬱が再発してしまうのかと絶望したのを覚えています。そして、薬を飲んで落ち着いたかと思ったら、忘れたころに三度発症するのです。

この会社は良い会社だけど、鬱になってまでしがみ付く価値はあるのだろうか。自分のやりたいことは何だろうか。自問自答を繰り返しました。そして、一つの結論に達しました。

メンタルヘルスに関わる仕事をしたい。

実は、この夢は入社して間もなく抱いていました。カウンセリングの勉強のために学校に通ったこともありました。しかし、非現実的で確証のない夢だと思い、一歩を踏み出すことが出来なかったのです。この夢を語った大人からも「ふざけているのか?やめておけ」とボロクソに反対されたこともあって、胸の奥底に封印した夢でした。

数年前に抱いた夢を捨てきれていなかったことに気が付いた私は会社を辞める決断をします。しかし、その決断から会社に申し出るまで1年以上の月日が経過していました。

今回はここまで。続きは次のブログにて語ります。

自分自身を語るのって、なかなか照れ臭いものだ・・・