”マージナルマン”でありたい

今日も『いろんな生き方白書』にお越しくださいましてありがとうございます!

”マージナルマン”という言葉をご存知でしょうか。

「互いに異質な二つの社会・文化集団の境界に位置し、その両方の影響を受けながら、いずれにも完全に帰属できない人間のこと。社会的には被差別者、思想においては創造的人間となりうる。境界人。周辺人。」
大辞林より。

ヒッピーだとか、みゆき族だとか、そんな感じですかね(笑)

私はこの”マージナルマン”という生き方に強く憧れを抱いています。

どの社会文化にも属さず、かといって文化を否定するわけでもなく何かしらの影響を与えられ、そして与える。そんな場所で生きていたいのです。

尾崎豊は歌詞の中でしきりに”正しさとは何なのか”を模索しています。正しさなんて国や時代、属する集団が異なるだけで変わってしまう、とんでもなく曖昧なものです。

会社のために無賃金で時間外労働を提供することが企業戦士の正解だし、監督命令で相手選手に悪質なタックルをかますことが某サークルの正解です。教祖様の命令で人を殺すことが某教団信者の正解だし、お国のために敵国艦隊に戦闘機で体当たりすることが神風特攻隊の正解です。宵越しの金を持たないのが江戸っ子の正解ならば、立派な家と仏壇に金を費やすことが富山県民の正解です。

私は先輩の下らない武勇伝に愛想笑いなんて絶対したくないし、目上の人に媚びへつらうこともできません。親戚の集まりでも影をひそめることに全力を注いでいるし、楽しくない集まりで「ウェーイ!」と周囲に合わせることすらできない私は、もはや「恥の多い生涯」だと罵られても仕方のない人間です。

だから私は、どの集団にも属さないけれど、その集団の考え方を”ある程度”尊重して、良い部分は自分自身に取り入れられるマージナルマンでありたいのです。というか、そういう生き方しか私には出来ない(笑)

全世界に発信する大袈裟な独り言を最後まで読んでいただいてありがとうございました。