プロスポーツ選手という生き方 ~競輪選手 岩本和也さん~

今日も『いろんな生き方白書』にお越しくださいましてありがとうございます。

スポーツ選手といえば、いつの時代も小学生の“なりたい職業ランキング”で上位にランクインする人気の職業です。

今回、競輪選手の岩本和也さんにお話を伺いました。

岩本和也選手

岩本和也選手

1975年5月23日生まれ 石川県かほく市(旧:宇ノ気町)出身

日本競輪学校76期 平成7年8月6日 20歳の時にプロデビュー

平成31年4月7日、レース中の事故で右鎖骨を骨折。入院中にも関わらず快く取材に応じてくださいました。

そもそも競輪って何?

競輪とは、バンク(競走路)を自転車で走り、誰が1着になるかを競う競技です。競馬、オートレース、ボートレースに並ぶ公営競技の一つで、競輪は経済産業省の管轄(公益財団法人JKA)で運営されています。

日本発祥のスポーツで、1948年に福岡県の小倉競輪場で開催されたことに始まりました。そして2000年シドニーオリンピックからは「KEIRIN」が正式種目として採用されました。

バンク(競走路)には、最大35度の傾斜(カント)があります。

競輪選手になったきっかけ

競輪選手は日本で最もプロ選手の多いスポーツで、その人数は2,200人を超えます。岩本選手はどのようなきっかけで競輪選手になったのでしょうか。

編集長「自転車競技はいつから始めたんですか?」

岩本選手「高校生の時に、自転車部に入部して自転車競技を始めました。自転車部には“ロード班”と“トラック班”の2種類があって、僕はロード班で活動していました」

編集長「ロードって、道路を長距離走る競技ですよね?」

岩本選手「そうです。だから、競輪選手になったことでロードからトラックに転向したんです」

編集長「競輪選手になろうと思ったきっかけは何ですか?」

岩本選手「スポーツ推薦で大学に進学したかったんですけど落ちちゃったんです。自転車競技に取り組んでいるうちに僕は自転車が大好きになっていたので、これからも自転車に乗り続けたかったんですね。それで、競輪選手は職業として堂々と自転車に乗ることができるじゃないかって考えたんです」

編集長「よほど自転車がお好きだったんですね」

岩本選手「競輪選手の中には、子どものころから競輪選手に憧れていた人とか、親戚に競輪選手がいるとか、社会人になったけれど競輪選手になる夢を諦められずにチャレンジする人もいます。だから僕のようなきっかけは少数派かもしれません(笑)」

岩本選手は“僕のようなきっかけ”とおっしゃいましたが、好きなことを続けたいという想いは立派なことだし、努力なしに競輪選手という仕事を勝ち取ることはできません。そして、選手になってからも努力を怠らないことも見習いたいです。

編集長「競輪選手になりたいとご両親に報告して反対はされなかったんですか?」

岩本選手「両親は応援してくれました。実家は自営業なんですけど、バブル崩壊のあおりを受けて経営も厳しかったようで、むしろラッキーだと思っていたみたいですよ(笑)。それから、父は手に職をつけて自分で稼げる仕事に就いてくれたと喜んでくれました」

日本競輪学校の受験、生活、競輪選手の師弟関係

日本競輪学校の受験

競輪選手になるためには日本競輪学校(静岡県伊豆市)に入学し、そこで10か月間みっちり訓練することになります。

しかしながら、日本競輪学校の入学は非常に狭き門なんだとか。

岩本選手「日本競輪学校の受験には、技能試験と適正試験の2種類があります。実技試験は自転車経験者が自転車に乗って、タイムトライアル等の試験を受けます。適正試験は自転車未経験者が体力測定を受けます。僕は実技試験を受けました」

編集長「試験は何回挑戦したんですか?」

岩本選手「それが一発で合格したんです」

編集長「一発合格とはすごい!倍率ってどのくらいあったんですか?」

岩本選手「僕は平成6年6月に76期生として入学したんですけど、その時の合格枠が75人、受験者数は1300人程いました」

編集長「とんでもない高倍率ですね!」

岩本選手「当時は競輪選手という職業が今よりも人気だったんだと思います。ここ数年は受験者数も当時の半分以下に低迷しています」

編集長「日本競輪学校の受験に向けて、どんなトレーニングをしたんですか?」

岩本選手「日本競輪学校を受験する前に、地元の石川県を拠点に活動している競輪選手に弟子入りしてトレーニングを積みました。師匠と一緒にピストレーサー(トラック競技用の自転車)で長距離を走ったり、トラックでタイムトライアルをしたりと、受験に向けてご指導いただきました」

日本競輪学校での生活

晴れて日本競輪学校に入学できたとしても、そこから10か月間の厳しい訓練が待ち受けています。

編集長「日本競輪学校ではどんなトレーニングをするんですか?」

岩本選手「月曜日から金曜日は一日中、土曜日は午前中が訓練の時間です。朝起きたら上半身裸になって準備運動と寒風摩擦をします。休みは土曜日の午後と日曜日。訓練は自転車に乗るのはもちろんですが、他にも自転車の整備を学ぶ時間もあるし、座学もあって、競輪のルールとか関係法規とか、そういったことを勉強します。ちなみに髪型は皆坊主(笑)」

競輪選手になるには“競輪選手資格検定”という国家試験に合格しなきゃならないんです。日本競輪学校は、この試験に合格するための教育機関なので自転車漬けの毎日でした」

編集長「競輪選手って国家資格なんですか!?知りませんでした!」

岩本選手「そういえば座学では社会勉強の時間もありましたね。例えば“良い人間関係を築くためにはどうすればよいか”という授業。プロデビューした後のことを想定した授業だったと思います」

編集長「道徳の時間みたいな感じですかね」

岩本選手「それから、日本競輪学校は携帯電話やパソコンの電子機器の持ち込みが禁止なので、家族や友達と連絡を取るときは手紙か公衆電話でした。校内に公衆電話が設置されていて、自由時間には生徒たちが行列を作っていましたね(笑)」

編集長「面会は禁止だったんですか?」

岩本選手「面会は日曜日にできます。だけど、前もって学校側に連絡を入れておかなきゃいけなくて、面会時間も30分~1時間と短いです」

編集長「厳しくて嫌になりませんでしたか?(笑)」

岩本選手「僕はあまり苦ではありませんでした。競輪選手になりたくて入学したわけだし、僕の場合は高校を卒業して社会を知らないまま入学したっていうのもあるかもしれないですね。日本競輪学校には社会人を経てから入学する人もいるので、そのような人は厳しいと感じていたようですよ」

師弟関係

編集長「競輪の世界には師弟関係があるんですか?」

岩本選手「そうなんです。僕の場合は受験前に師匠がいましたけど、そうでない選手もほとんどがプロデビューしてから先輩選手に弟子入りします」

編集長「師弟関係とは今の時代なかなか珍しいですね」

岩本選手「もちろん技術的な指導もしていただきますが、その他に生活面の指導もしてくださいます。師匠は、言ってみれば新人競輪選手の保護者みたいなものですね」

編集長「生活面の指導ですか?」

岩本選手「競輪はギャンブルなので、選手が悪事に手を染めないように教育することも師匠の大切な役割なんですよ」

編集長「なるほど!ちなみに、岩本選手の師匠は厳しい方だったんですか?」

岩本選手「うーん、そうですねぇ・・・結構厳しかったです(笑)僕の師匠は同じ石川県出身の飯田太文さんという方で、現在は日本競輪学校の教官をされていらっしゃいます」

日常のトレーニング

編集長「普段、どんな練習をされていらっしゃるんですか?」

岩本選手「石川県の内灘にある自転車競技場で仲間たちとバンクを走ったり、自宅で練習するときは自転車の後輪に固定式ローラーを装着して2時間程度ゆっくり走ったり、インターバル(一定時間ペダルを全力で漕ぐ→休憩を数セット行うトレーニング)等のトレーニングをしています」

編集長「ウェイトトレーニングはしないんですか?」

岩本選手「ウェイトトレーニングはあまりしないですね」

編集長「それは意外でした!」

岩本選手「練習は継続的に無理なく続けることが大切です。例えば、僕の自宅の近所には自転車競技場があるのでそこで練習できますが、選手によっては近所にバンクがないこともあります。そんな選手はロード練習がメインになってきます」

編集長「選手たちはそれぞれの生活環境に応じて独自に練習メニューを考えているんですね」

岩本選手「それから、最近は選手たちの練習方法も変わってきていて、室内練習が主流になってきています。最新鋭の機械を使って筋力や瞬発力等を測定して、自分の弱点を効率的に克服するという科学的なトレーニングです。昔のような“とにかく走り込み!ロード200km!”というようなド根性練習はあまり見かけませんね」

編集長「特に若い選手は科学理論を取り入れた練習に抵抗なく取り組めそうですね」

岩本選手「だから僕も若い選手から練習方法についてアドバイスをもらうことがありますよ」

普段の食事について

編集長「食事って普段どんなことに気を付けていらっしゃるんですか?」

岩本選手「実は、特段気を付けていることはないんです。強いて言うなら納豆と卵を食べるようにすることくらいですかね。最近はプロテインも飲むようにしています」

編集長「好きなときに好きなものを食べる感じですか?」

岩本選手「そんな感じです。競輪は自分の力の及ばないところで影響を受けちゃうんです。例えば、陸上競技だったら自身の筋力とか瞬発力とか持久力がそのまま試合に反映されます。でも競輪は筋力、瞬発力、持久力だけの競技ではありません。ラインというチーム戦という要素もあれば、妨害もあるし、心理的な駆け引きもある。食事が結果に直結するわけではないんです」

編集長「確かにそうですね!」

岩本選手「だから、無理なく継続するために、必要以上に食事に神経を使うことはしていません。病院ではご飯大盛りにしてもらっていますけどね(笑)」

落車は自己責任

2019年4月7日、佐賀県の武雄競輪7レースにおいて、4番青色の勝負服でレースに挑んだ岩本選手は落車、右鎖骨骨折の大怪我をしてしまいました。私はそのレース映像を見たのですが、前を走る選手が他の選手にぶつかられて落車して、それに岩本選手が巻き込まれたという、完全な貰い事故でした。しかしそれは“自己責任”だと岩本選手は語ります。

岩本選手「最終周回の第4コーナーから、他の選手より前に出ようとバンクの内側を走りました。でもその道は危険な道だった(笑)その危険な道を選んだ僕が悪いんです。それから、僕が落車したのは筋力が足りなかったからだと思っています」

編集長「なんと潔い・・・スポーツマンシップの鑑です!」

岩本選手「それから、プロテクターを付けていなかったことも骨折の原因です。昔は左右に揺れて他の選手を妨害することに寛容なルールだったので今より落車も多くて、プロテクターを付ける選手も多かったんです。でも今は、オリンピック競技としての“KEIRIN”を意識したルールに改正され、よりスピードを求めるようになって、プロテクターを付けない選手も多いんです」

編集長「今よりも妨害が頻繁にあったとは怖いですね・・・」

岩本選手「競輪は“格闘技”と称されるくらいですからね(笑)男子はまだ多少の妨害は認められているんですけど、女子選手のガールズケイリンは妨害禁止です」

編集長「ところで、骨折した瞬間って、音がするんですか?」

岩本選手「僕の場合はしませんでした。パキッと音がするっていう選手もいるんですけど、僕の場合は“ニュルっ”と何かが体の中で動く感覚がありました(笑)これは過去に骨折した経験があったので、すぐに悟りましたね(笑)。右鎖骨は過去に1度骨折しているんです。デビュー3走目、今回と同じ武雄競輪場でした。なんか運命ですね(笑)。その時にしっかり治療していなくて、変な形で鎖骨がくっついていたんです。だから今回は手術でしっかり固定しました」

怪我をして休養を余儀なくされたときのメンタル管理

スポーツ選手に怪我は付き物とは言いますが、練習できないことや試合に出場できないことは辛いこと。運動神経ゼロの僕でも容易に想像ができます。休養を余儀なくされた岩本選手に、メンタル管理について質問してみました。

編集長「休養しているときって、焦りはあるんですか?」

岩本選手「やっぱりありますよ。休んでいる間に他の選手がレースに出場して、活躍している姿を見ると悔しいと思うこともあります。手術を終えて目が覚めた直後は、これからどうなっていくんだろうと不安に襲われましたね」

編集長「どうやって気持ちを入れ替えているんですか?」

岩本選手「今できることだけに集中するようにしています。例えば、レースの映像を見て学んだり、昨日可動制限解除になったので、室内でローラー練習(後輪にローラーを設置してペダルを漕ぐ練習)を行ったり、簡単なウェイトトレーニングをしたり。できることは限られているので、今できることに集中です」

編集長「メンタル管理もスポーツ選手にとって重要なことですね」

岩本選手「今も不安はあるけど、それでもワクワクした気持ちもありますよ。手術で鎖骨を完全に治したので、これまで以上に結果を出せそうです!」

「今できることに集中する」という言葉に、私は心を打たれました。将来に対する漠然とした不安に襲われて何も出来なくなることがある編集長。そんなグダグダ悩むくらいなら、出来ることをひとつずつ、着実に実行していくことが大切だと気づかされました。

競輪の魅力と業界の目標

編集長「今回の取材にあたって何レースか映像で見たんですけど、なかなかの迫力ですね!!」

岩本選手「実際に現地で観戦すると更に迫力がありますよ。選手が自転車や足に塗るオイルのにおい、タイヤの焦げるにおい、タイヤの擦れる音、タイヤのパンクする音、急にペダルを踏み込んだときにトントン跳ねる後輪の音、自転車が風を切り裂く音。現地でないと感じることのできないものがたくさんあります」

編集長「においとか音は映像では伝わってきませんよね!」

岩本選手「音と言えば、選手が落車したときの音はなかなか凄まじいですよ。生身の人間が地面に叩きつけられる音は普段聞くことのない音ですね(笑)。それから、スパートをかける時に思わず出てしまう声も聞こえるかもしれません。お客さんには、選手が懸命にレースに取り組む様子を見てほしいですね。現場でしか体験できない臨場感を味わいたいと競輪場に足を運んでくださるお客さんも多いんですよ」

編集長「岩本選手のお話を聴いて、競輪場に行ってみたくなりました」

岩本選手「それから、競輪は社会貢献活動にも力を入れています」

編集長「社会貢献活動ですか?」

岩本選手「例えば、福祉車両や検診車の贈呈、スポーツ貢献、研究補助、災害支援なんかを行っているんですよ」

編集長「デイサービスの送迎車で競輪のマークを見たことがあります!」

岩本選手「競輪はとても魅力のあるスポーツなんです。選手も一生懸命やっています。でも、競輪はギャンブルっていう側面もあって、悪いイメージが付きまとってしまう・・・売上もピーク時に比べてかなり落ち込んでいます」

編集長「競輪が人気を獲得するにはどうすればいいんですかね?」

岩本選手「実は、東京オリンピックでのメダル獲得に向けて、競輪界はナショナルチームの強化に力を入れているんですよ」

編集長「東京オリンピックでメダル獲得ですか?」

岩本選手「日本の競輪が世界で通用するということを皆さんに知ってもらえたら、競輪人気に一役買えると思うんです。例えば、ラグビーはワールドカップで南アフリカに大金星を上げたことで注目を集めたし、太田選手の活躍でフェンシングがスポットライトを浴びましたよね。競輪も、国際試合で結果を出すことによって人気に火が付くかもしれません」

編集長「確かにそうですね。競輪のことを全く知らない私でも、世界選手権10連覇の中野浩一さんは知っています」

岩本選手「ナショナルチームの強化のために海外から優秀な指導者を招いているんですよ。科学を取り入れた練習も、海外から指導者が来たことによって一層広まりましたね。海外のトップ選手は科学理論を取り入れた練習を行っているから、かつての日本のようなド根性では世界に通用しないんです」

編集長はオリンピックに全く興味のない人間で、東京でオリンピックが開催されて何が良いのかさっぱり分かりませんでした。でも、岩本選手のお話を聴いて、オリンピックにも注目してみようかなと思いました。

岩本選手から頂いたカレンダー。富山競輪場に所属する選手(富山・石川)の皆さんの写真が載っています。ちなみに、カメラマンは岩本選手です!

50歳まで競輪選手を続けたい

取材日時点で43歳の岩本選手。これからの目標について語ってくださいました。

岩本選手「競輪選手の現役期間は25年と言われているんです。僕は20歳でデビューしたので、あと2年で25年に達します。でも、最近は練習方法の変化によって選手寿命が延びています」

編集長「何歳まで競輪選手を続けたいという目標はあるんですか?」

岩本選手「僕は50歳まで競輪選手を続けたいと思っています」

編集長「50歳!他のプロスポーツなら現役選手の方が少ない年齢ですね」

岩本選手「50歳のプロスポーツ選手ってキングカズとか山本昌とか、数少ないですよね。競輪選手って他のスポーツ選手より長く現役が出来るプロスポーツで、最年長の選手の三ツ井勉選手は63歳なんです」

編集長「それはすごい!」

岩本選手「あと7年競輪選手を続けるために、今回手術して鎖骨を完全に治しました。それから、落車しない体をつくることにも力を入れたいですね」

50歳まで現役を続けたいと熱く語る岩本選手。復帰戦について伺ってみました。

岩本選手「復帰は6月後半から7月を考えています」

編集長「復帰戦は岩本選手の1着固定で車券買います!」

入院中にも関わらず快く取材を受けてくださった岩本選手。本当にありがとうございました。

『いろんな生き方白書』はこれからも岩本選手、そして競輪を応援します。

編集後記

その1

競輪の公式サイトで岩本選手のプロフィールを覗いてみると、好きな食べ物に“おはぎ”とありました。そこで、富山市呉羽にある“くれは製菓”さんの昆布おはぎを手土産に差し上げました。岩本選手に喜んでいただけたようで嬉しかったです。

くれは製菓さんウェブサイト https://www.kurehaseika.com/

そして帰り際、岩本選手から金沢市“加賀麩 不室屋”さんの“ふやき御汁 宝の麩”を頂きました!岩本選手のお心配りに心から感謝です!

不室屋さんウェブサイト http://www.fumuroya.co.jp/

その2

編集長としたことが、入院中の病院にて岩本選手の写真を撮影していなかったことを帰宅途中に気が付いて、慌てて病院に引き返しました。部屋を訪れたのですがいらっしゃらない・・・

仕方ない。帰ろう。車に乗り込んでエンジンをかけようとした瞬間でした。ウォーキング中の岩本選手が前方から歩いてくるではありませんか!チャンスはここしかないと車を降り、岩本選手に近づいたときでした。

取材中の気さくで朗らかな表情はどこへやら。トレーニングに励む岩本選手の眼光はとても鋭くて

「ああ、これが勝負師の顔なのか」

と、改めて岩本選手がプロの世界で戦うスポーツ選手だと実感しました。

声をかけるのも躊躇ってしまいましたが、そんなことを言っていられないと、センテンススプリングの記者のような心構えで声をかけて写真を撮らせていただきました(笑)

その3

岩本選手のお話を聴いて競輪を観戦したくなった編集長。調べてみると、取材日の翌日から富山競輪場でレースが開催されるではありませんか!

ということで、早速富山競輪場に行ってきました。その様子は後日UPしますのでお楽しみに!